でんせん ~ 凶 ーウォークウイルスなどによるウイルス性下痢 0 喇ポフ か 6 鴃種炎 瘡種 性ザウ ョ市 〈柳下徳雄〉 3 症がある。 痘 ど打ン 性炎病 症 回 灰下駟膜 虫 どな流エス ・ア上染髄し 性耳ュ結 伝染性紅斑でんせんせいこうはん全身に特 ほっしん スリ以 ど一レ」 伝む 性げ な疹・ルフ 有な発疹の現れる幼児や学童の伝染病で、まれ ななど 風熱フチ病ス血 行熱血種 が上病 オ ラ毒な うンラ性べど住どどな 疹流膜出 3 チフ炎サ疽凵つ以性 に乳児や成人にもみられる。病原体は一種のウ ラジ凶 レ梅アど 四・な本ななア 炭宀、・つ ( 四症 麻・結性上 コ 本ラ イルスと推測されているが、感染経路などは明 第ア病日炎ス ・熱第核 ・疹頭急 し 日 テラ炎 よ疹ス 脳フテ 病力ア黄・結 咳風咽 スう 病 らかでない。保育所などで小流行がみられ、流 痢 種日 炎熱 フレ髄し麻フど疳ラむ風本チフ 疳種 ン フこトオま 赤 狂ラ熱下各 ジコ白疹 チな下マが傷日疹ジ 百炎膜黄 行季節はおもに春李、温暖の候で、一度かかれ チうス じ・肝ノ吐和 疹マ帰性他 ン 灰麻ア咳腸熱性・つ破・発・腸よべや 病 ば終生免疫が得られる。潜伏期は一、二週間 ザ サス性 ・泉軟熱っ サ麻・回軟の 毒同サ性っ角病ト ン ン そ 中とンス、性染ス ンフ急熱テ百痢・ 黄・疽ン病フ溂・炎炎ン・風・ 前駆症状はほとんどなく、突然発疹が現れる。 セ 工 エチ しゅちょう 品病エルカ一下伝ペ うフ・赤炎疾・ス炭工しチ赤ス膜髄工咳傷病毒 ン ルらル腸炎こジ炎・肝淋炎フ ル、む腸 食染ルイく流の フ髄白ル日破ア梅症 微熱が出たり、リンパ節が腫脹することもあ でん フ フ 他ラ ~ 凶う・膜ラ性 脳チ病フが ラチ脊灰フ百 , 核 0 の伝フウ る。発疹は顔に初発し、腕や脚部、臀部によく 之核のレ 名ン核ン痢本よ核髄レス毒本疹大ンっ痢レ疹脳性ン・オラ疾結し 種定ン 淋肺ら各法イ炎は結そコ 病イ結イ赤日し結脊コル梅日発狂イっ赤コ発性急イ症ー 現れ、胸、腹、背中にはあまりみられない。 顔の発疹は、両がリンゴのように一面に の の 病 す も染 病染 赤くなり、リンゴ病と俗称される。欧米では る 要 る感染 染伝 病病 ト 6 を 感 染染病病よ 伝性病 slapped cheek disease ( 平手で頬をたたいた 触 出 介 病病伝伝染染に 性ア染病 接 ように赤くなる病気 ) とよばれている。四肢や 染染系系伝伝染染 媒染スチ伝染 届 り患 伝伝器器系性感 感器の 感ルツ性伝 臀部の発疹は、十円銅貨くらいの大小さまざま よ疾 類性性吸化経疹気ロ殖物皮イケ菌定 の赤い円形で、個々の発疹の周辺部はやや隆起 分急慢呼消神発空経生動 経ウ 細法 して中心部の色が淡く、レース編み状または地 名 法 図状を呈する。通常一週間前後で消失するが、 病 防 的 法法法法法 と 日光に当たったり摩擦すると、再発を繰り返す の 学 防防防生健 物 予予予衛保 病 ことがあるので注意する。 生類 染 病核い品校 分第 一ム 性結ら食学 予後は良好で、特別な治療を要しないが、発 路 徴分 乂上 のる 熱があれば安静にし、皮膚のかゆみが強ければ 病 のお の 染 染類病 律類 抗ヒスタミン剤を用いるなど、対症療法が行わ 感 伝分発 病点 法分 れる。 ^ 柳下徳雄〉 し、荒引線にする。直径は八、、リメートルが一般 電線には裸電線と絶縁電線とがある。絶縁電行するが、環境衛生の不良な農村地帯に多く発伝染性単球増加症でんせんせいたんきゅうそ 的である。荒引線は高温で圧延されるため、表線は単線または撚り線に絶縁物をかぶせたもの生する。ウイルスは患者およびウイルス保有者うかしよう欧米で確認されたエプスタインー 面が黒色の酸化銅で覆われているので、この酸であり、使用目的によって絶縁物を保護するたの糞便や吐物中に出て飲食物に混入し、経ロ感ル Epstein-Barr ウイルスによる感染 せんわっ 染する。潜伏期は二 ~ 八日であるが、普通二、症で、日本各地にみられる腺熱リケッチア症と 化銅を除去するため希硫酸溶液に浸す。「連続めの被覆を行う。被覆については、「通信ケー けんたい よく似た症状を呈する疾患。伝染性単核症ある 鋳造圧延法」は電気銅の溶解、鋳造、圧延、酸プル」および「電力ケー。フル」の項目で解説す三日。食欲不振、倦怠感、腹鳴、腹痛などの前 る。 〈佐久間照夫〉駆症状があって一日数回から十数回に及ぶ下痢 いは伝染性単核細胞症ともよばれ、病原体が確 洗い、コイル巻きを連続的に行って製造する。 おしんおうと 一コイルが三 ~ 五トンである。「ディップ・フォ云染性下痢症でんせんせいげりしよう下痢が始まる。悪心や嘔吐もあるが、発熱は比較的認されるまでは腺熱の同義語として扱われたこ 少ない。便の性状は黄褐色の水様便で、粘液やとがある。↓腺熱↓リケッチア症 ーミング法」は、電気銅の溶解した中へ母材のを主症状とするウイルス性の伝染病で、届出伝 臨床症状はきわめて多彩であるが、発熱、 細い銅線を走らせ、母材表面に銅を凝固付着さ染病の一つ。比較的新しい疾患で、一九三〇年血液が混じることはないが、腐肉様の悪臭があ しゅちょういんとう ンパ節腫脹、咽頭痛を主徴とする。思春期の せて太くし、これを連続して圧延し、荒引線を後半から四〇年前半にかけて欧米で報告されたる。また量が多く ( 一日二、三曰し脱水症状が 男女に多くみられ、潜伏期は二 ~ 八週である。 つくる。荒引線を伸線機にかけ、連続して何枚が、日本では一九四八年 ( 昭和二三 ) 一月ころみられる。これらの症状は軽ければ四、五日、 に新潟と山形の両県で原因不明の下痢症が大流長くても約一週間で治癒するが、老人や病弱な発病は一般に急で、しばしば高熱となり一〇日 ものダイスを通してだんだんと細く引き伸ば 間くらい続く。リンパ節腫脹は発病後すぐにみ し、所要の太さの線に仕上げる。細いもので行し、四、五月には全国的に流行がみられ、そ人は脱水症状で死亡することもある。 もばら られ、頸部にもっとも多く、しばしば全身のリ なお、一九五三年六月に千葉県茂原市を中心 は、直径が髪の毛の一〇分の一ぐらいのものもの後も毎年局地的な流行が認められたが、最近 へんとう すれも同じウイルス、すに下痢症の大流行があり、茂原下痢症とよばれンパ節に及ぶ。扁桃咽頭炎も重要な所見で、ま つくられている。 は流行していない。い ひしゅ ほっしん た約半数に脾腫がみられる。発疹もしばしばみ 電線を大別すると、電力を輸送する電力用電なわちエンテロウイルスによるもので、今後のたが、これは伝染性下痢症とは異なったウイル スによる典型的な水系感染で、幼年者から老人られ、体幹に多く出現するが数日で消失する。 線 ( 電力ケープルや鋼心アルミ撚り線など ) 、流行の可能性は否定できない。 血液所見としては、リン。ハ球の増加を伴う白 伝染性下痢症にかかるのはおもに成人で、一まで広範囲な感染がみられ、一般的な食中毒症 電気信号を伝送する通信ケープル、発電機やモ りかん ーターなどの内部にコイル状に巻かれエネルギ〇歳以下の小児はほとんど罹患しない。流行季状で、死亡者はなかった。また、乳幼児や小児血球増加がみられ、その五〇 ~ 六〇 % がリンハ ー変換に寄与する巻線がある。 節は冬から夏にかけてで、とくに三、四月に流 に多くみられる下痢症には、ロタウイルスやノ球あるいは単球 ( 単核細胞 ) であり、病名の由 侵される部分 指定伝染病 届出伝染病 ふんべん 第 1 類 第 2 類 第 3 類 WHO の規則検疫伝染病
でんせん 電線 ゴム , プラスチック絶縁電線およびケープル ① , ⑥ , ⑦高圧キャプタイヤ⑩プロンズ鎧装付き船用電線 ⑩高圧耐火ケープル ケープル ②平型制御用キャプタイヤ⑩ , ⑩耐火・耐熱ケープル ⑩耐熱ビニル絶縁電線 ケープル ③平型制御用キャプタイヤ @, ④ビニル絶縁電線 @ロ出線 ケープル ( 同軸線入り ) ④平型高圧キャプタイヤケ @車両用電線 制御用波付き鋼管鎧装ケ ープ丿レ ープル ⑤平型複合キャプタイヤケ ①制御用鉄線鎧装ケープル ープル ⑧鉱山用防爆キャプタイヤ @制御用ビニルケープル @制御用銅テープシールド ケープル ケープル ⑨鉱山用鎧装付きキャプタ ⑩コンクリート直埋用ケー イヤケープル プル ⑩リグ用耐熱難楙ケープル ⑩受鋼台車用キャプタイヤ⑩プレハプ分岐ケープル ⑩平型ビニルエレベーター ケープル 1 ⑩高圧船用電線 ケープル ⑩ , ⑩ , ⑩船用電線 ⑩プロンズ鎧装付き高圧船 用電線 ⑩ー⑩ ⑩ @ ⑤ ④ ⑩⑩ ①②③ ⑨ ⑧ ⑥ 1 通信ケープル 配電用ケープル ④ ⑤ ⑤ ① ⑩ ① 9.5mm 18 心同軸鉛被ケープル ⑩発泡ポリスチレン絶縁同軸ケープル ②アンテナフィーダー ⑩ 400 対市内 ccp ー LAP ケープル ③高周波同軸コード ⑩市内 PEF スタルベスケープル ④ 4.4mm 12 心同軸複合鉛被ケープル⑩市内 CCP-LAP-SS ケープル ろうえい ⑤漏洩同軸ケープル ⑩ PE 絶縁アルミ被 PE 防食ケープル ⑥紙絶縁搬送鉛被ケープル ⑩中継 PEF-LAP ケープル ⑦ユニット市内星形絶縁鉛被ケープル⑩市内 ccp ー JF ケープル ⑧テレビカメラケープル ⑩市外 PEF アルベスケープル ⑨広帯域対形ケープル ⑩ PEF 絶縁ジェリー入り LAP ケープル ⑩ユニット市内星紙絶縁スタルベスケ ープル ⑦ ④ ⑩ ⑨ ⑦ でんせん electric wire 従来は電気 電線 を導く金属線の総称と定義されてきたが、最近 では光ファイバーケープルのように、グラスフ アイバーを用いるものも含まれるよ , つになっ た。電線と並んでケー・フルということばも使わ れているが、電線とケープルの間には明確な区 分がなく、一般に構造が複雑で太く、シース かとう sheath があり、可撓性のあるものをケープル とよんでいる。 電線の歴史は古く、一七四四年ドイツのウィ ンクラーが放電火花を金属線で遠距離に送るこ とに成功した。これが電線の誕生である。一七 五二年にはアメリカのフランクリンが高所に設 けた避雷針を電線で接地して落雷を防止した。 これが電線の実用化の最初である。 レレ 日本での電線製造の起源は明らかではない。 チ レ プ 年代のはっきりしたところでは、一 ルルケ プケププ > ( 天保三 ) 大坂で平川製線の先祖が銅線をつく > 橋 き架 っており、一八五四年 ( 安政一 ) 京都で津田電 ケ き一 ケケ付き Q- > 壮衣〕何 線の津田幸兵衛が水車を用いて銅線を引き始め き壮衣去」き ている。 線鎧ル ププ管プ装フ線プ 電線は電流を流すためのものであるから、電 ケケ 帯付帯線被角ケ気抵抗はなるべく小さくし、電力損失が小さい 鋼波Ü鋼鉄鉛平ン ①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩ ものが要求される。したがって、電線の導電材 料は電気抵抗がなるべく小さく、加工性がよ 、機械的に強いものが望まれる。経済性も考 えると、銅とアルミニウムおよびそれらの合金 が広く使用されており、ことに銅がもっとも広 く使われている。単線の太さは日本では直径を ミリメートルで表すが、番号表示でアメリカの < (American Wire Gauge 、別名 Brown and Sharpe's Gauge) 、イギリスの (Standard Wire Gauge) などがある。たとえ ばナンバー川は直径二・五八 ルであり、ナンバー川は直径三・二五一 、リメートルである。 銅線は、電気分解でつくった九九・九六 % 以 上の純度をもっ電気銅から荒引線 ( ワイヤーロ ッド ) をつくり、伸線して所定の太さの線に仕 上げる。荒引線の作り方には三種類ある。古く から行われている方法は「さお銅圧延法」で、 電気銅を溶解炉で溶かして鋳型に流し込み、さ お銅 ( ワイヤー ー ) をつくる。さお銅は鉄道 の枕木のような形をしたもので、一本の重さは 一八〇キ。グラムまでの各種がある。さ お銅を加熱炉で約八〇〇度 0 に加熱し、熱い尸 に溝付きロールに連続的に何回も通して圧延 3 ⑩トリプレックス型 CV ケープル ⑩鉄線鎧装付き cv ケープル ⑩鋼帯鎧装付き cv ケープル 当昱当昱 まくらぎ
でんせつ 通信用 ー電力用 航空機用電線 電線 / 主要用途図 水力発電所 大工場 宇宙通信用電線 スタジオ 大ビルディング テレビ放送局 中継用電話ケープル 同軸ケープル 特殊大工場 架空送電線または 地下ケープル ( 22 000V ) 高周波同軸ケープル 放送現場 ←電力用 地下ケープル 66000V また は 22 000V 次 変柱上変圧器 所 600V ビニル電線 ←ーー架空送電線 500 000V または 275 000V 架空送電線または 地下ケープル ( 154 000V ~ 66 000V ) 超高圧変電所一次変電所 000 尸ー 架空送電線または地下 ケープル ( 154 000V ) 架空送電線 架空送電線または 地下ケープル 500 000V または 154 000V ラジオ放送所 テレビカメラケープル テレビリードワイヤー 長距離電話局 通信用屋外線 複合同軸ケープル 近距離電話局 市内ケープル ニ次変電所 架空送電線または 地下ケープル ( 66 000V ) 架空送電線または 地下ケープル ( 22 000V ) 市外電話局市外ケープル 市内電話局 市内電話局 局内ケープル 市内ケープル 搬送ケープル DV 電線巻線機紐通信用 ビニ丿レコード 屋内線 OW または OE 電線 ( 600V ~ 6 600V ) 中距離電話局 公衆電話 いめがみじんろう 伝説、水界神話的伝説、犬神・人狼伝説、る独自の見解と認識に達した。それがもっとも 英雄伝説、妻争伝説、船橋伝説、⑩神婚端的に示されたのは『日本伝説名彙』 ( 一空 0 ) 伝説、聞義犬塚・猿神退治伝説、冊縁起伝説、である。そこでは中心をなす事物に沿って六部 じゅそおんりよううばがいけ わらび ⑩民間信仰 ( 呪咀・怨霊・姥池など ) 、⑩人柱 門が設けられた。「木の部」 ( 木・蕨・芋・菜・ すすきかやあし 伝説、割民間説話、天然伝説、淮天照伝薄・茅・蘆 ) 、「石・岩の部」 ( 石・岩 ) 、「水の せき 用説。ところで、右の分類について高木はその部」 ( 橋・清水・井・湯・池・ ・渡・堰・ ふち 「凡例」のなかで「分類目次中の種々の名目は、淵・滝・水穴 ) 、「塚の部」 ( 塚 ) 、「坂・峠の部」 じようし しどう 十中八九まで著者の考案に成ってゐるのである ( 坂・峠・山・谷・河・屋敷・城趾 ) 、「祠堂の から、解説の条に於て、それぞれ説明を加へる部」 ( 地蔵・薬師・観音・不動 ) といったのが なおこの ことにした。尚此書全体の組立は、分類が自らそれである。 説明してゐる積りであるから、別に何も云は 〔課題〕こうしてみると、伝説に対する柳田国 電ぬ」と記していた。先覚者としての自負のほど男の姿勢は、高木敏雄のそれに比較してきわめ がうかがえる。ただし、神話との区分にいささて狭く、散文的であり、また即物的である。ま か紛らわしい部分があり、さらにはの項にみさしく「コトであって、コトバで無かった」と られるように、現在いうところの「動物昔話」する理解であったのがわかる。しかし、たとえ との区分にきわめてあいまいな部分が存する。 いかに事物中心主義とはいえ、かりにこれを ゃなぎたくにお これに前後して、柳田国男も早くからその分「石・岩の部」の「石」の「腰掛石」とか、「水 の部」の「井」の「姿見の井」といったように 電類と整理には深い関心を抱いていた。広く民間 に流布するこの種の話を直接学問の対象に据認めたとしても、はたしてそれだけでこれにか かわる古くからの「、、 ししったえ」とか「いわ ・動え、これを人文科学の分野に繰り入れていくた めには、なによりもまずその体系化が当面の課れ」の内容を人々によく伝えることができるで 線題であったからである。そのため、柳田は実際あろうか。もちろん『名彙』にいう事物の指摘 にその種の作業を手がけていた。一九一一年は欠かせない要因である。しかし、反面それは みなかたくまぐす ( 明治四四 ) 六月、南方熊楠あての書簡に「こあくまでも話の要因であるにすぎず、話そのも のごろ小生も伝説をあつめたる本を書かんと企 のではない。けれども、通常伝説に興味と関心 ており候」と述べたあと、一〇月には続けてそを抱く人々の期待は、やはりその「腰掛石」 , じゅんしやくこうーう の具体的内容を明かして、次のように記してい まつわる諸国巡錫の弘法大師の消息であり、 よしつね る。「頂序はほば『太陽』レキしイ こ曷ナ総目により さらにはまた義経や弁慶の物語ではなかった かつば 『伝説十七種』という書名のつもりに候。川童か。それを思えば、ここにみえる柳田国男の提 こまひき ひづめ えのきっえ 駒引神馬の蹄ダイダ法師姥神榎の杖 案は、民間説話もしくはロ承文芸としてのこの 八百比丘尼長者栄花長者没落朝日夕日 種の話の擁する性格、つまりは一一 = ロ語伝承といっ うちでのこづち た面をややなおざりにしすぎたかの印象は否め 金の鶏隠れ里椀貸打出小槌手紙の使 すずり 用石誕生石生長硯の水これだけをほば相互ない。もっとも柳田のこの方法は民俗学の立場 車の連絡をとり近世の話三百内外あつめ置くつも からのそれであって、意図して伝説の文芸性を りに候。いずれ多くは仏経を中間にして西洋に拒否した試みであるということならばやむをえ も行きわたりおる話に候わんが、小生はもつば ない。いすれにしても、わが国にあって伝説研 えっ 所ら日本にていかなる変形を閲せしかを明らかに 究の課題は、もっとも基本になるべき分類・整 ・・ , 発したく考えおり候」。しかし、このときの構想理そのものがまだ確定していない。同じような ほうてき ことは世界的な見地からもいえるのであって、 は実現に至らず、途中で放擲された。しかるに 柳田は『石神問答』 ( 一九一 0 ) 以後、『神を助けた 一九六一年から六三年にかけて口承文芸の国際 話』 ( 一九一一 0) 、『伝説』 ( 一九四 0 ) 、『木思石語』 ( 一九 会議では、新たな伝説分類案が提示されたが、 四一 l) 、さらには『神樹篇』 ( 一九吾 l) といったぐあそれとてもまだ全面的な支持を得るには至って . し子 / . し ↓民間伝承↓昔話 〈野村純一〉 いに研究を重ね、やがて彼は「如何に内容では 縁の深いものがあらうとも、其の成立ちから見回野村純一他編著『日本伝説大系』一五巻・別 て伝説はハナシで無い。その世に伝はってゐる 巻一 ( 一九全 ~ ・みずうみ書房 ) ▽小沢俊 のはコトであって、コトバで無かったことを感 夫著『世界の民話解説篇』 ( 一九大・ぎよう ぶんげい せい ) 火ぜずには居られない」 ( 『ロ承文藝史考』 ) とす 鉄道変電所 電車変電所 とり おい